社会保険労務士制度における提出代行と行政書士

(月刊社会保険労務士平成4年2月号より )

社会保険労務士の業務の1つである「提出代行」の行政書士との関係について掲載されたものです。

1.行政書士が社会保険労務士法第2条第1項第1号の2に規定する提出代行ができるか否か
 行政書士が社会保険労務士法(以下「法」という。)第2条第1項第1号の2に規定する提出代行ができるかどうかということが、昭和53年の第1次法改正で、法第2条第1項第1号の2に提出代行権が加えられてから常に間題とされているが、これは、4.の附則第2項及び別添1の社会保険庁、労働省の通達でも明らかなように、行政書士ができる社会保険労務士の業務の範囲は、法第2条第1項第1号及び2号に限定しており、同条第1号の2の提出代行は含まれていないのは、法解釈上明らかである。
 行政書士のなかには、昭和53年の第1次法改正で提出代行が加わってから、昭和55年8月末までは提出代行業務を行っていたので、提出代行業務も行政書士の既得権であると主張する向きがあるが、昭和55年の行政書士法の改正で行政書士法第1条の2に提出代行が加わるまでは、行政書士に提出代行権は存在しなく、当然社会保険労務士のみに付与された提出代行権を行政書士が行使できるわけでないので、昭和53年当時から行政書士の付与されていた既得権は、法第2条第1項第1号及び第2号に限定されていたものである。
 従って、当時行政書士が労働社会保険諸法令に基づく申請書等を関係行政機関に提出していた行為は、法第2条第1項第1号の2の提出代行ではなく、事業主等の使者として持参していたのにすぎないものである。
 また、昭和55年の行政書士法改正で行政書士法第1条の2に提出代行が付与されたので、行政書士は、行政書士法上の提出代行権により社会保険労務士業務の提出代行が同様にできるという主張があるが、これは既得権を保証した経過規定を逸脱することになり、経過規定を定めた意味がなく到底そのような解釈はありえないものである。
 さらに、昭和56年及び昭和61年の第2次、第3次の社会保険労務士法の改正の際に、日本行政書士会連合会と取り交わした「申合せ」及び「覚書」により、行政書士に社会保険労務士法の提出代行権が認められたという主張の向きもあるというように仄聞するが、「申合せ」による「申請書等の事実行為」とは、先にふれたように、当時行政書士が行っていた「申請書等を使者として行政機閲に持参すること」を現状のままとすることを確認したものであり、法第2条第1項第1号の2の提出代行業務を行うことを認めたものではないものである。
 また、「申合せ」の内容が、法解釈を越えるということは法治国家である以上ありえないことである。
 以上説明したとおり、4.の附則第2項により、社会保険労務士業務のうち、申請書等及ぴ帳簿書類の作成ができることとされた行政書士であっても、法第2条第1項第1号の2の提出代行ができないことは明白である。
 なお、社会保険労務士制度と行政書士との関係は、以下のとおりである。

2.社会保険労務士法制定時の行政書士との関係
 社会保険労務士制度は、社会保険労務士法案の趣旨説明にあるように「労働社会保険関係の法規に通暁し、適切な労務指導を行い得る専門家」の制度として、昭和43年に制定、施行されたものである。
 しかしながら、法第2条の社会保険労務士の業務に規定されている同条第1号の申請書等作成の業務については、社会保険労務士法が制定される前は、明治6年太政大臣布告をもって代書人取締規則が施行された当時から行政書士法第1条で定められた行政書士の業務分野であった。
 そのため、社会保険労務士法が施行された際に、法附則第2項及ぴ3項で資格の特例として社会保険労務士法施行(昭和43年12月2日)の際引き続き6ヵ月以上行政書士会に入会している行政書士は、法第3条の規定にかかわらず社会保険労務士の資格を有することとされ、社会保険労務士法の施行の日から1年以内に免許申請を行えば社会保険労務士の資格を得ることができた。
 また、同時に行政書士の資格で労働社会保険諸法令に基づく書類の作成事務及び帳簿書類の作成事務ができるよう、社会保険労務士法及び行政書士法にかっこ書で除外規定が設けられた。
 なお、このいわゆる行政書士特例で、当時社会保険労務士の免許を得た者は、約9,000人である。

3.昭和53年の社会保険労務士法第1次改正に伴う行政書士との関係
 昭和53年の社会保険労務士法の改正時には、1.でふれたように、社会保険労務士の業務に第2条第1項第1号の2として提出代行が追加されたが、その際に労働社会保険関係事務の複雑化、多様化の進むなかで、行政書士のもつ知識、経験では専門化した社会保険労務士の仕事を行うことが困難であり、かつ社会保険労務士の専門領域の確立を図る意味で行政書士の業務との調整を図るべく、原則として、行政書士の資格で社会保険労務士業務ができないよう規定することを法律案要綱案に盛り込むこととなった。
 そのため、日本行政書士会連合会と折衝を行い、その過程で行政書士であって現に社会保険労務士業務を行っている者の既得権については、当分の間これを認めるという趣旨の経過措置を盛り込むこととしたが、結局、日本行政書士会連合会の了解を得ることができず、行政書士に関する法改正を行うことができないまま第1次の法改正は終わった。
 しかしながら、行政書士との閲係については、衆議院及び参議院の社会労働委員会で次のような決議がなされて、次回の法改正に持ち越すこととされた。

(社会保険労務士制度の改善に関する特別(附帯)決議)
 社会保険労務士制度の現状にかんがみ、次の事項について改善を図るものとする。
一 略
二 社会保険労務士と行政書士のそれぞれの資格制度及び業務分野の独自性にかんがみ、すでに行政書士の資格を得ている者を除いては、近い将来、社会保険労務士の業務と行政書士の業務の完全な分離を図る措置を講ずるものとすること。
(昭和53年5月9日 衆議院社会労働委員会 特別決議)
(昭和53年5月11日 参議院社会労働委員会 附帯決議)

4.昭和55年の行政書士法の改正に伴う行政書士と社会保険労務士業務
 3.のとおり行政書士との事務分離については、前回の第1次法改正で積み残され、第2次の法改正でその分離を図るべく本格的な取り組みを開始していたところ、行政書士法改正の動きが昭和54年5月に表面化した。
 その内容は、提出代行業務及び相談業務を行政書士の業務に加えるというものであったが、この改正案がそのまま成立すると先の改正時の衆参両議院の特別(附帯)決議の「近い将来業務調整を行う」という趣旨に反することとなるので、関係方面に調整を行った。
 その結果、日本行政書士会連合会との間に行政書士法第1条かっこ書及び社会保険労務士法第2条第2項かっこ書を削除し、現に行政書士会の会員には既得権として当分の間、1号及び2号業務についてのみを認めるという行政書士法改正案についての話し含いが成立した。
 そして、この行政書士法改正法案は、昭和55年4月23日に成立した(行政書士法の一部改正及び社会保険労務士法の一部改正、昭和55年法律第29号、昭和55年4月30日公布、同9月1日施行)。
 それに伴い次のとおり附則が設けられた。

           附則(昭和55・4・30法律第29号)抄
(施行期日)
一 この法律は、昭和55年9月1日から施行する。
(経過措置)
二 この法律の施行の際現に行政書士会に入会している行政書士である者は、当分の間、この法律による改正後の行政書士法第1条第2項の規定にかかわらず、他人の依頼を受けて報酬を得て、社会保険労務士法(昭和43年法律第89号)第2条第1項第1号及ぴ第2号に掲げる事務を業とすることができる(以下略)(なお、行政書士法の附則でも同じ規定が明記されている)。

 その内容は、経過措置として現在行政書士会に入会している行政書士については、当分の間、法第2条第1項第1号及び第2号の業務を行うことが認められるものの、9月1日以降行政書士会に入会した者については「行政書士は前項の書類の作成であっても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない」という規定(行政書士法第1条第2項)により、行政書士の資格のみで社会保険労務士の第1号及び第2号業務を行った場合には、行政書士法、社会保険労務士法違反となるというものである。
 改正行政書士法は9月1日から施行されたが、連合会としては、既得権を有する者がこれまでどおり社会保険労務士業務を行うことはやむを得ないとしても、9月1日以降行政書士会に入会した者については明確に区別する必要があるとして、主務官庁に申入れた結果、昭和55年8月29日付庁保発第23号及び労徴発第46号で社会保険庁長官官房総務課長及び労働大臣官房労働保険徴収課長よりその取扱方法が通知された(別添2参照)。
 その方法は、まず行政書士会に8月31日現在の会員名簿(氏名、事務所所在地、会員番号、入会年月日等を記載したもの)を都道府県民生主管部及び労働基準局に提出させ、その名簿を各行政窓口に備えることとするほか、個々の行政書士にも作成した書類の末尾または欄外に「入会年月日」を表示することを義務づけるというものである。
 従って、社会保険事務所等に備え付けられている昭和55年8月末日現在の行政書士会の会員行政書士以外は、既得権として認められた社会保険労務士法第2条第1項第1号及ぴ第2号の業務ができなくなり、これによって社会保険労務士と行政書士との士業分離は、昭和56年にめざした第2次法改正を待たずに一応確立したわけである。

(別添1)

庁文発第2084号
労働省発労徴第56号
昭和53年8月8日

 都道府県民生主管部(局)長
                   殿
 都道府県労働基準局長

社会保険庁長官官房総務課長
労働大臣官房長

社会保険労務士法の一部を改正する法律の施行について

 社会保険労務士法の一部を改正する法律(昭和53年法律第52号。以下「改正法」という。)及び社会保険労務士法の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令(昭和53年政令第308号。以下「改正政令」という。)の施行については、昭和53年8月8日付厚生省発社保第144号・労働省発徴第55号をもって厚生事務次官及び労働事務次官より通達されたところであるが、改正法及び改正政令の施行に伴い、社会保険労務士法施行規則の一部を改正する省令(昭和53年厚生・労働省令第1号。以下「改正省令」という。)が本日公布され、本年9月1日から施行されることになった。
 これらの改正法令の施行に当たって留意すべき事項及び改正省令の内容は下記のとおりであるので、その事務処理に遺憾のないようにされたい。
 なお、このことについては、労働省と協議ずみであり、労働大臣官房長より都道府県労働基準局長あて別途同文をもって通知ずみである。

第1 提出代行事務について
 改正法による改正後の社会保険労務士法(以下「法」という。)第2条第1項第1号の2の規定により、社会保険労務士は、労働社会保険諸法令に基づき事業主、使用者その他の事業者(以下「事業主等」という。)が行政機関等に提出すべき書類(以下「提出書類」という。)について、その提出に関する手続を代わってすること(以下この事務を「提出代行事務」という。)ができることとされたが、これについては以下の事項に留意すること。
 1 提出代行事務の内容
 (1) 略
 (2) 略
 2 提出代行事務の表示
 (1) 略
 (2) 略
 (3) 略
 3 提出代行事務の取扱い
 (1) 略
 (2) 略
 (3) 略
 (4) 行政書士については、従来どおり提出書類等の作成のみで、提出代行事務はできないこと。
以下略

(別添2)

庁保発第23号
労徴発第46号
昭和55年8月29日

都道府県民生主管部〈局)長
都道府県労働基準局長    殿
都道府県労働主管部長

社会保険庁長官官房総務課長
労働大臣官房労働保険徴収課長

行政書士法の一部を改正する法律の施行に伴う
行政書士と社会保険労務士の業務の調整について

 行政書士法の一部を改正する法律(昭和55年法律第29号。以下「改正法」という。)は、本年4月30日に公布され、9月1日から施行されることとなった。ついては、改正法の施行に伴う行政書士と社会保険労務士の業務の調整問題に関し、下記の事項に留意し、業務の円滑な推進を図られたく通知する。
 なお、下記2の事項については、日本行政書士会連合会と協議の上、その協力を得ることとしているので念のため申し添える。

1 改正法(社会保険労務士法に関係する部分)の概略
 従来、行政書士は、社会保険労務士法第2条第1項第1号及び第2号に掲げる事務については、これを業として行うことができるものとされていたが、改正法により、今後は、行政書士の業務と社会保険労務士の業務とを完全に分離することとし、行政書士は上記の事務を業として行うことができないこととされたこと。
 ただし、経過措置として、改正法の施行の際現に行政書士会に入会している行政書士である者は、当分の間、改正法による改正後の行政書士法第1条第2項の規定にかかわらず、他人の依頼を受け報酬を得て、社会保険労務士法第2条第1項第1号及び第2号に掲げる事務を業とすることができることとされたこと。

2 都道府県行政書士会の協力の確保
 改正法の経過措置を具体的に実施するに当たっては、貴都道府県行政書士会に対し、次の諸措置についての協力を求め、円滑なる事務処理を期すること。
(1) 改正法の施行の際、現に行政書士会に入会している行政書士である者を把握するため、行政書士会から、昭和55年8月末日現在における会員名簿(氏名、事務所の所在地、会員番号、入会年月日、電話番号等を記載したもの)の提出を受け、提出された会員名簿は社会保険事務所等に備え付けた上、必要に応じ事務処理に活用すること。
(2) 改正法の施行の際、現に行政書士会に入会している行政書士である者が、社会保険労務士法別表1に掲げる法令のうち、社会保険に関する法令に基づいて行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書その他の書類を作成した場合においては、当該書類の末尾又は欄外に、改正法の施行の際に行政書士会に入会している行政書士である旨の表示(例えば、行政書士会への入会年月日等)を付すよう行政書士会を通じて指導すること。